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禅籍を読む

禅籍を読む(C)柳幹康

講 師

柳幹康 先生(東京大学大学院)

開講日

第2, 第4水曜日 18:00―19:30(通年)

講義内容

「禅問答」と言えば、わけの分からないことの譬喩ですが、皆様のなかにも禅籍を読み、その難しさを感じられた方が少なくないと思います。 禅籍が難しい理由は色々あるでしょうが、本講座では、言葉と思想背景のふたつの要素に注意し、禅籍の読解を試みます。

禅籍は、見慣れた漢字で書かれているとはいえ、やはり外国で書かれた書物、言葉の問題は軽視できません。漢字からの類推や、訓読による処理でも、意味をとれないわけではありませんが、 それだけでは対応できない部分もあります。たとえば、「打成一片」(『無門関』第一則)や「打坐」(『碧巌録』第四十二則)の「打」がどういう意味なのか、 「父母未生以前」(『禅関策進』)というけれど「まだ生じない前」とはどういうことなのか、など、いずれも分かりにくいところだと思います。 では、どうして分かりにくいのでしょうか?それは、これらが当時の話し言葉だからです。そもそも訓読は、中国の古い書き言葉を読むために作られたものですから、 唐や宋といった新しい時代の話し言葉には対応していません。また、このような言葉は、あまり日本語のなかに入っていないため、漢字からの類推も難しくなるわけです。

ただ、言葉が分かったとしても、すぐに内容が理解できるとは限りません。日本語であっても、なじみの無い話であれば、やはりよく分からない――― これは、どなたでも経験があることだと思いますが、禅籍も同じです。さいわい、近年の研究で、その思想的背景が大分解明されてきました。 たとえば神秀と六祖慧能の偈の応酬や、馬祖が悟った「磨甎作鏡」で登場する「鏡」ですが、そこにはどんな意味が託されているのでしょうか? それぞれの話が、以前のどのような思想を承け、そして何を問題としているのかが分かれば、禅籍がより分かりやすく、また、より面白く感じられるのではないかと思います。

そこで本講座では、言葉の問題を説明しつつ、思想背景を紹介することで、禅籍を読んでいきます。初回は『無門関』の「序」を、それ以降は上で紹介した例や、 皆様のご関心に沿って選んだテキストを読んでいく予定です。 これまで禅籍や漢文になじみが無かった方でも、禅にさえ興味があれば、どなたでもお気軽にご参加いただける内容です。皆様のご参加を、心よりお待ちいたしております。

備考

テキスト・資料などはコピー(実費のみ有料)でご用意いたします.参考書等については,講義のなかで適宜ご紹介いたします.